2019年1月28日月曜日

2019年1月23日水曜日

ストレイテナー 21st ANNIVERSARY ROCK BAND @幕張メッセ


ストレイテナーの魅力はなんなんだろう
それが一言でさも知ったように語れないから何度もライブに足を運ぶんだけど
やっぱりいいなぁ!しか感想が出てこない
1月19日幕張メッセイベントホール 21st ANNIVERSARY ROCK BAND に行ってきました。

2019年1月17日木曜日

the OffSpring JAPAN Tour 2019 @ 豊洲PIT

theOffSpringのJAPANTOUR2019 1月9日 豊洲PITライブをみて
というタイトルだけどオフスプの話ではない

オフスプのライブは最高だったよ
殆どが昔の曲のヒット曲満載で最初から最後まで盛り上がりっぱなしだっただし
そうか、もうそんなに新曲出してないのか、とか
外国メタル・パンクバンドのボーカル達深刻な肥満問題やなぁ、とか
年始めに汗かきまくって頭や腕振って最高だった。

でもここで話したいのは個人的なことで
オープニングアクトで歌っていたENTHとオフスプをみて思ったことだ

2019年1月16日水曜日

無償の価値は


面白い記事があったので
内容について出てくる理論や根拠の正確性はわからないが、
言いたいことや最後の締めにはわりと共感できた。


恋愛や家族以外の関係で利害の無い関係が気持ち悪い
極論、恋愛や家族関係も利害が無いなんてことは無いと思っている。

2019年1月5日土曜日

デスチャ ワールドボス・トライアル 双面のモア 攻略


ワールドボス トライアル 双面のモア攻略メモ
http://destiny-child-blog.line.me/archives/14399410.html

味方で使うと大したことはないのに
敵ボスで出てくるとこんなに面倒なことはない
今回は「反射」「激怒」持ちのワールドボス

激怒もともかく反射が凶悪で、前衛後衛関係なくバシバシダメージをくらい
かつ敵はダメージを減少させてきて激怒でトドメをさしてくる。ほんとめんどい

2019年1月2日水曜日

漫画での死


最近結界師という漫画を読み直したんだけど、
そういえば少年誌で死を話しの中できちんと悲しい物として描いたものがあったっけな?とふと思った。

主人公がパワーアップして強敵を倒すための演出や脚色の一部ではなく、
仲間が死に、悲しみがありそれでも前へ進むような話。

大御所だとワンピースのエースの死はそうだったかなと思う。
もちろん私が知らないところで書いてる人はいるんだろう。
でもサンデー、マガジン、ジャンプという大手少年誌ではどうなんだろう?


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なかなか少年誌でやるのは難しいだろう
でもなんだろう
今や死も娯楽とかしているんじゃないかとふと思ってしまった。

スマホ広告でよく見るデスゲーム系広告、
正直嫌い。
仲間の死によって主人公がパワーアップして強敵を倒す演出も好きだけれど、
その後?となると意外とキレイさっぱり爽やかに話は進んだりする。
違和感というほどではないが、演出上の死という感じはやっぱりある。
きっとエースが死んでルフィがパワーアップして海軍や黒髭ぶっ飛ばしてたらあそこまで国民で悲しむことはなかったでしょう?
ヒルルクが死んでチョッパーがパワーアップしてワポルを倒してたらなんか違ったでしょう。

死を、
悲しいものであり、絶望であり、
戻らないものであり、大切なものなんだと。

どうして人を殺してはいけないの?なんて、
冗談でも思えなくなるような。

これはハーレム物や俺ツエー系が流行りだした頃から思ったことなのだけれど、
現実感が、生活感がさっぱり感じられなくなってきている気がする。

親がいない、
家庭が語られない、
悪意がない、
悪も正義もどこか綺麗事で感情移入できない。

聲の形という漫画。
私が好きなのはあの登場人物たちの
どこにでも必ずいる、必ず誰の心にもある悪意からくる現実感。
誰が悪いという話ではなく、
だから主人公やヒロインの感情や行動に涙するし、
あの話が好きです。

少年誌という夢や希望を語る場で相応しくないのかもしれないけれど、
希望や夢や正義といった光の中にちょっとだけ現実感とか人の悪意という毒があるのが好き。

キラキラした話やハーレムモノや正義対悪の話が嫌いなんじゃない。
それだけでは、感動しないし、半年後には忘れているでしょう。

2019年1月1日火曜日

2018年12月31日月曜日

2018年12月30日日曜日

2018年12月29日土曜日

幸せの水準

僕たちは幸せになりすぎたのかもしれない

「いじめた罰だ、学校まで歩きなさい――父親のしつけビデオで議論」


記事で気になったのはコメントにあるBBC読者のコメント


「この行動を取った父親を尊敬する。この人が問題にしているのは、いじめだけではない。最近の子供は確かに、自分は特別扱いされて当たり前と思っている」(クラウディア・グロットキャンプさん)

そしてこのニュースだ
「韓国式「チーズドッグ」ポイ捨てに困惑 新大久保「日本人のマナーどこへ」」

ここからは少し老害みたいな話になるけれど
私たちは満たされすぎて、少し、幸せがわからなくなってるんじゃないのか
苦労をしろ、不便であれということではないけれど(そう思っているけれど)

幸福も毎日幸福であればそれは普通になるように、
個を尊重し、意志を尊重し、自由を尊重する精神が悪い方向にいくとこうなっちゃうのかーって気がする

幸せのランクが一つ上がったというより
不幸のランクが一つ下がったような気分だ

高校生のとき、携帯電話を買ってもらえなくて
苦笑いで友達と話していたときの気持ちを思い出した
今は小学生からスマホだもんね

バイトを始め、やっと携帯電話を契約でき、PCを買えたとき、
周りは親が用意してくれて当たり前だった
携帯代は親が出してるのに「昨日電話1時間もはなしちゃったよやべーww」とか〇〇としか思わない

大学への入学祝いが入学金だったとき
周りは卒業旅行や新しい大学生活のために最新のPCやなんやかんやだった

ゲーム機も兄弟でやっと金を出した買ったPS2が1台家にあっただけ
最新機種や携帯ゲーム機持ってる人羨ましかったなぁ

自分の部屋?社会人で一人暮らしするまでもちろん無いよ
「部屋に入るときはノックしてよ!」とかちょっとよくわからないです

当時から考えても自分の生活基準が決して高い方でないことは把握していたし、
一人暮らししてからはそこそこの生活をしていると思ってる
だから皆も苦労しろというつもりはないし(気持ち的にはあるけどね)
自分がしてきた苦労や劣等感を、今ではまぁ精神性の成長にはなったよねと肯定的に思えてる

今より下を知っているから、私は頑張れるし上に希望を持っている
でも今の若い子はどうなんだろう?

気がついたらスマホを持ち、パソコンは家にあり、ゲームもオンライン環境も整備されていて、
なんなら趣味に必要なものも買い与えられている人がほとんどでしょう
お小遣いも今の相場とかだと月5000円とか?

中学生でスマホ持ってないなんて言ったら、それこそ当時高校生の私みたいな感じになりそうだし
いじめの対象になりそうだよね

でも話してみると、
親がうるさい、彼氏彼女と仲が悪い、通信制限うぜぇ、私を認めてくれない!と
選択肢を奪う行動や意見を嫌い、自分に都合のいい事以外は除外し、私を楽しませてくれる人が好きと、
今どき金魚だってそこまで水面でパクパク餌を待ったりしないよという気分だ

これらは一面的で、強調されているけど、
消去法の選択肢の中から、自分にしょうがないしょうがないと言いながら選択してきた私にとって
なんだかなーという気がするし、
苦労しろと思わずにはいられない

生活水準は一度上げると下げることは難しい
今得られているものは彼らからしたら当たり前の権利であり、無くなることは許されないだろう
今後も幸せの基準は上がっていって、不幸の基準はどんどん低くなる
そうなったとき
失って初めて気づくにはもう戻れないところに行ってしまう前に、
大人の私は次の世代のためにどう教えるべきか考えなくてはいけないよね

苦労させる以外に

2018年12月24日月曜日

デスチャ ラグナブレイク mini -Santa is Coming to City 攻略

ラグナブレイク mini -Santa is Coming to City の編成がやっとまとまって安定してきたのでメモ

無課金プレイ者の最近やっと100万ダメージ超えてきてコスをなんとか取れるようになってきた程度の者です

このパーティーでオート2倍速でだいたい100万~110万くらい
事故ると70万~90万になる感じ